全文はこちらから http://www.teichiku.co.jp/artist/higuchi/disco/cg17_lyric.html
泣ける歌という番組に紹介されたそうです。
年をとると子供に戻っていくというけれど
赤ちゃんだった私たちが無事に育ったのは親の助けがあったから
老いて赤ちゃんのようになった親をあるがままに受け入れて、助ける事こそ恩返しなんでしょうね。
敦子
納棺の仕事は、とても短い時間内で済ませなければいけない事が多いです。
外出の時にかかる時間、生きている私たちだって、着替えたりお化粧したり、髪を整えたりで、けっこうな時間がかかります。
以前いた会社では、お着替えや処置、準備が30分以内、ご遺族と共に故人の支度を整えて納棺までが30分、すべての作業を1時間で終わらせて家を出てくるのが当たり前のようになっていました。
ほんとにバタバタとせわしない中で、時間に追われてばかりの現場が多く、ご遺族とゆっくり故人のことを語り合う時間もゆとりもないままが多かった。時間が限られたために十分に故人のケアやメイクができないこともしばしば、心の中でごめんないをいいながら帰ることも多かった。
限られた時間でてきぱきとこなすのもプロとしての務めではあるが、出来ればご遺族にはゆっくりと納棺の時間を過ごしてほしい、故人と触れ合い、話しかけ、心残りのないような時間をもってほしいと思う。
故人がその人らしい姿でお別れができるよう整えるには、やはり時間が必要。ご遺族との話も大事です。
アイシスが納棺に入るときには、時間に余裕をとっていただいています。
作業はすばやく、ご遺族と故人にはゆったりと過ごしていただきます。幸い、お取り引きのある葬儀社さんは、皆さんご遺族や故人のことを大切に考えてくださるところばかりなので有難いです。
ドライアイスのあてかたも考慮してくださり、なるべく凍結しないよう、故人の身体が痛まないよう配慮をしてくださいます。
私ら業者の意見にもちゃんと耳を傾けてくれる、なかなか無いですよ、そういう葬儀社さん。
いいお仕事させてもらってます。
「コラム更新しないんですか」と、葬儀社の担当さんに言われてドキッ!
下書きばかりたまって、表にアップしてないのですわ。
ついつい、今度ちゃんと下書きチェックしたらのせなきゃねと思いつつ、日々の忙しさに追われております。
忙・・・心を亡くすと書く、すごいね。心を失わないように気をつけようっと。
今月に入って、ずっと一緒に仕事をしてきたスタッフが、お世話になっている葬儀社さんで働くことになりました。
彼女のご家族が亡くなられた時にその葬儀社さんでお式をし、私が納棺をさせてもらったのが彼女との出会い
納棺師という仕事に感動し、「この仕事をやりたい、学ばせてください」という強い思いに心を動かされ、2年間アイシスで勉強をしてもらっていました。
彼女にとっては、葬儀の仕事は夢に見ていた目標です。なによりも彼女が大フアンだったM葬儀社です(フアンクラブのある葬儀社って素晴らしいですよね)。
納棺師という仕事から、葬儀の仕事へと新たな道を進むことになった彼女。
納棺で学んだことをいかし、より素晴らしい担当さんをめざして頑張ってほしい。
ご遺族のために、故人さまのために、ぶれずに、流されずに、がんばろうね。
敦子
さる8月19日明け方4時43分、父が旅立ちました。
肺炎で入院して、自然死を選択し
見守りながらも待つ日々、辛い日々でした。
そばにつきそい、声をかけ、身体をさすり、手を握り、見送ることができました。
死ぬのが怖くなくなるような、静かで安らかな最期を父はみせてくれた。
看取れた満足感? 寂しさや悲しさよりも、不思議な暖かい幸福感で心が満たされました。
不自由な身体から自由になった父が、そっと包み込んで見守っていてくれるような、そんな気がしている。
こんな気持ちになれるなんて自分でもびっくり。
奇しくも通夜は私の誕生日でした。
私に命をくれた父が、たった一度きりの「死の授業」を授けてくれ
しっかりと命のバトンを受け取らせてくれたこと
これからの心の支えです。
敦子
某日、14時、小さな命がお骨になりました
病気と一所懸命闘って、力尽きた小さな命
闘病の痕が痛ましく、みなの涙を誘いました
こんなに小さな身体で、頑張ったね
今はきっと楽になってるよね
たとえこの世にいる時間が短かくても
あなたが生まれてきたことは無意味じゃない
棺に入る前に、あなたを抱っこしたお父さん 「大きくなったなぁ」と感心してたね
お母さんは「よくがんばったね」と褒めてくれた
誰よりもあなたを愛してるお母さん
あなたの旅立ちを
死というものを理解できないお兄ちゃん
いっぱい折り紙を入れてくれて 「いってらっしゃい」と握手してくれたね
形は変わっても 消えてなくなったわけじゃない
家族の絆は永遠に変わらない
もういちど会える、
また あなたを感じられる
いつかきっと
私も、小さなあなたの手を忘れない
ありがとう
安らかな眠りをお祈りします
Kくんとご家族へ
最期にみんなが手を握れるように、ドライのあてかたを配慮してくださった担当さんに感謝
敦子
こんちには みさなん おんげき ですか?
わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく
ニュースでさわいでた コピペの ぶしんょう。
感覚で読めちゃいますね、おしもろい。敦子
いろんな事が原因でなくなられる方たち 死に顔は様々
私たちは、穏やかで綺麗な顔を遺族の最期の思い出にして欲しいと願い仕事をこなしています。
癌で亡くなられる方は、闘病生活でやせこけて元気だった頃の面影を失っている方が多いです。
それゆえに私のようなものが呼ばれるのですが。
激変してしまった顔をみて、遺族や対面に来た方々は気の毒で辛くてたまらないだろうと思います。
最期の顔は確かに別人みたいかもしれない、
しかし、病気と一所懸命戦い、苦しい治療も受け、愛するものたちのために生きようと頑張った故人の
生きてきた証。
いつの頃からか、その顔や姿がとても愛しく美しいとかんじるようになりました。
病のために命を失ってしまったけれど、決して負けたわけではない。
頑張りましたね、立派です、見事です、恥ずべきお姿ではありません。
まるでがいこつに皮がくっついたような痩せたお顔でも、崇高で美しい死に顔に思えるのです。
それでも、元気だった頃に近づけるよう、ご遺族にお話を聞きながら、ふっくらした顔に戻していきます。
「やっとお父さんになった」
「入院する前の顔になったね」 など喜びの声が聞かれ、それはとても嬉しいこと。
故人の、やせた別人のような顔は忘れられるでしょう。
けど、忘れないで。
まんまの死に顔も、最高に美しかったのだと。
敦子
故人90歳のおじいちゃま
廊下がボーリングのレーンかと思ったほどの大きな豪邸にお住まい。
お気に入りの洋服に着替えて、式までご自宅で眠ります。
ひまごさんが折った折り紙を顔の周りに飾ってくれました。
ご遺族の湯灌のしぐさに、いかにみんなに慕われて大切にされていたのが伝わってきて、こちらの気持ちも暖かくなります。
高齢だけどとても品のある奥様が、ご主人の顔や胸に優しく触れながら「ありがとう、私のことは心配しないでね」と何度もささやいていました。
通夜当日、式場に飾られたパネル写真には、奥様と写ったたくさんの写真が。
二人ともとても幸せそうな顔をしています。
「ありがとう、ただ、ただ、ありがとう」という大きな文字のメッセージが目を引きました。
私も、こんな風に遺された人たちに「ありがとう」と言われながら送られてみたいなと思ったりして。
いまの自分って、周りをちゃんと大事にしてるかな?
感謝されるような生き方をしているだろうか?
と考えると、ダメだぁ反省
恐竜好きな息子にせがまれて、購入した絵本
「きみはほんとうにステキだね」
表紙のイラストから、面白おかしい本だと勝手に勘違い。
読みきかせをしていて「やばい、この内容はやばい」と気がつくもすでに遅し、ラストのページで声がうわずり涙をこらえるのが精一杯になっちゃいました。
息子も、下を向いてしまっています・・・どうやら泣いてるのを隠している模様。
たかが絵本、されど絵本、最近は感動する内容の絵本がたくさんで、読み聞かせの場合は下読みしとかないといかんわと、これまた反省したのでした。
敦子